憲法論議の前に、まずは、「義務教育の無償」原則を真に実現すべき!

改憲か、護憲か、という憲法論議を聞くたびに、そのような論議の前に、「現行憲法で定めている理念を実現することが先!」と強く思います。

例えば、憲法第26条にある「義務教育は、これを無償とする」という規定、これすらも実現できていません。

義務教育において無償にできているのは、教員等の人件費、そして、教科書代です。

逆に言えば、それ以外に必要となる、副教材費、給食費(食材費)等は全て保護者負担です。毎年、毎年、多くの経済的負担を保護者に強いている状況が続いてきてしまっているのです。

制服やスクールバッグ等の指定が始まる中学校では中学1年生で数十万円の負担となる場合もあります。義務教育にもかかわらず、こんな状況はおかしいと思いませんか?

このような恥ずかしい状況が続いているのは、過去の判例や文科省の通知等で、憲法の理念に反する対応が「財政的な制約があるから」という言い訳で積み重ねられて、今に至っているからです。お金がないから当面は授業料と教科書代だけは無償で、という対応が戦後ずっと続けられてきた、本当に恥ずかしい状況です。

以下の写真は、小学校入学時に教科書が配布される袋に記載されているものです。「この教科書の無償給与制度は~」から始まる文章を読むたびに、「教科書無償配布だけに憲法の崇高な理念(義務教育は無償)を矮小化させるな!」と強い憤りを感じてしまいます。

教育行政には様々な課題が山積みで限界を迎えていると感じています。

今こそ、昭和の価値観や手法、無用な慣例から完全に脱却し、日本国憲法と今の時代に即してゼロからやり直すぐらいの取組が必要だと感じています。逆に言えば、積み重なった課題が放置されてきたことによって、不登校児童・生徒数が約30万人に至る、という悲しい事態につながっているとも捉えています。

この問題、地方政治からでも取り組めることは多くあると確信しています。憲法の精神、そして、今の時代状況に常に立ち返って、粘り強く取り組んでいきます。

どのような家庭環境に生まれても、経済的な負担を心配せず、全ての子ども達が自分たちの権利として義務教育を楽しめる日を実現するために。

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